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世界初の通気コントロール素材に挑戦

ベンクトール

 2004年春、世界初の通気コントロール素材「商品名:《ベントクール》」を使用したスポーツ衣料が上市され、「汗をかいても、ウェアが自分で衣服内の湿気を逃がし、快適な状態を維持してくれる画期的な素材」と一躍話題となりました。夢の繊維誕生ですが、その実用化は苦難の連続でした。

絶対にできると信じた技術者の意地


アクリルアミド生産菌の電子顕微鏡写真
 

 1998年、研究員の黒田は富山事業所のアセテート開発研究所(アセテート工場技術開発課)に赴任すると、今まで培っていたポリエステル繊維の知識をアセテート繊維でも生かしたいと考えていました。アセテート繊維は他の合成繊維とは異なり、機能的な改良のしづらい繊維ですが、米国A社がジアセテート・トリアセテートの複合紡糸技術の特許を出しており、当社でも検討していました。しかし複合繊維をつくるには設備投資費用が高く、費用対効果の点から開発は中止されていました。

黒田は、技術者の課題として、アセテートの複合技術を基礎探索テーマに掲げ、アセテートの複合技術に取り組むことに決めました。「今までポリエステル繊維の複合技術に携わっていたので、十分な知見はある。自分がやらずして誰がやる・・・」。アセテートの複合技術にコストがかかる原因は、複合紡糸設備に複雑な構造を必要とするため。コストを削減するには複合方法を根本から見直すしかありません。従来の複合紡糸技術を改良する方が成功する確率は高かったのですが、「どうせやるなら新技術で挑戦だ」と考えました。実はアセテート工場でのある経験からヒントを見出していたのです。

その経験とは、トリアセテート繊維からジアセテート繊維に品種切り替えをする際、洗浄せず、そのままジアセテート原料を流し始めたことです。トリアセテートとジアセテートは酢酸基の数の違いだけなので、分子構造が殆ど同じです。それなら原料が混じりあった繊維が出てきてもよさそうなものなのですが、ノズルから出てきた繊維はプツプツと切れてしまい、原料が混ざっている様子はありませんでした。それを見たとき、黒田はひとつの送液配管にトリアセテートとジアセテートを流しても、二つの成分が混じりあわずに異なる性質の繊維が張り合わさった状態で出てくるのではと期待したのです。

早速、黒田は三菱レイヨン・エンジニアリング鰍フ竹田に設計を相談。「こんな単純な手法でうまくいくのだろうか?」このときの竹田の正直な感想でした。半信半疑でしたが、設備をつくることは、今までの経験・知識をもってすれば難しいことではない、二人は上司へ試作品の製作依頼を願い出たのです。安価に試作できることもあり、承諾を得ることができました。
従来の複合技術は、原料を別々の送液配管に流し、ノズルの吐出孔に均一に分配するように誘導する複雑な仕組み。新手法ではいきなり同じ送液配管に原料を流し込み、そのまま一気にノズルかの孔から吐出させる単純な構造。周りの誰もが本気にしませんでした。「送液配管で原料が混ざり合ってしまうのではないか」、「複数あるノズルの孔から、どうして均一にジアセテートとトリアセテートが出るのか」と。

複合紡糸装置図
複合紡糸装置図

 
2カ月で図面を作製し、試作品が完成。早速、繊維の製造試験機に取り付けました。そして出てきた繊維は、確かにジアセテートとトリアセテートの複合繊維だったのです。技術者の勘と熱意が、諦めていた新しい繊維を作り上げた瞬間です。後に、この繊維は《ベントクール》と呼ばれることになります。

面白いほど伸び縮みする繊維の誕生

 アセテート繊維は、もともと吸湿性に優れた性質をもちますが、複合した繊維に化学処理を施し、ジアセテートだけをセルロース化すると、さらに膨潤するほど水分をよく吸う性質に変わります。そのため一度水につけてから乾燥させると、セルロース部分が収縮し、張り合わさっているトリアセテートが曲げられてらせんの縮みが生じます(この状態を捲縮(けんしゅく)という)。一度水分を失って縮んだセルロース部分は、水分を含むと再び膨張し、セルロース部分とトリアセテートの長さが同じになって真っ直ぐに伸びます。繊維が捲縮している状態の編地は目が詰まっていますが、濡らすと繊維の捲縮が無くなり編目が開いて、面白いほど伸びました。この原理は予め分っていたことですが、あまりの変化の大きさに関係者一同は驚きました。
またポリエステル繊維の複合紡糸では、一度捲縮すると、後は濡れても乾いても変化しませんが、《ベントクール》は乾湿に応じて、この伸び縮みを瞬時に繰り返し、半永久的に持続します。はたしてこの繊維は何に利用できるのでしょうか。

スポーツ衣料との運命的な出会い


 その頃、大阪では三菱レイヨン・テキスタイル鰍フスポーツ衣料担当者たちが素材開発に苦戦していました。《ベントクール》の特性が伝わるや、「求めていたのはこれだ!」 ここにプロジェクトチームが発足しました。それは同時に、困難な長い開発の道のりの始まりだったのです。

プロジェクト始動 苦難の始まり


 スポーツ衣料は強度が必要なため、ポリエステル繊維をメイン素材としていますが、これに《ベントクール》を合わせれば汗を吸うことで編目が開き通気性の良い生地ができます。早速、生地の企画が立てられました。表部分は強度・安定性のあるポリエステル繊維、裏部分は通気コントロール素材《ベントクール》の2層構成。早速、試作され、洗濯収縮のテストを実施しました。初めからうまくいくとは期待していなかったものの、変化は予想を超えていました。ポリエステル繊維が《ベントクール》を抑えきれず、編目が小さく縮みすぎてしまったのです。これでは、洗濯によってLLサイズからSサイズに縮んでしまう。アセテート繊維がポリエステル繊維より強く機能するとは、今までの常識がくつがえされました。
これが苦難の第一章でした。

協力会社との協力で、収縮との戦い


 繊維をテキスタイルに仕上げるには、三菱レイヨン・テキスタイルだけの力ではできません。協力会社の助けがあってこそのものです。複数の協力会社において、試作を何度も繰り返し、加工技術を確立していきました。

通気度の性能をどう実証するか


 また世界初の新機能を打ち出すためには、信頼性のある評価データを揃える必要がありました。当時の中央技術研究所・基礎解析センター(名古屋グループ)において、試験条件の検討を進め、試験結果は次々プロジェクトチームにフィードバックされ、開発の羅針盤となりました。

生産の安定化を目指し、いざ製品化へ


 大量生産の目処が立ったのは、プロジェクトがスタートして3年後でした。しかしその後も《ベントクール》は簡単には品質を安定させてくれず、プロジェクトを悩ませることになります。協力会社の情熱的な協力と、衣料メーカーとの共同開発により多くの工夫がなされた末に、ひとつの製品が世の中に誕生しました。長丁場にわたり、プロジェクトを支えた原動力は、「素晴らしい新素材を自分たちの手で世に出したい」というみんなの“夢”でした。
その後、《ベントクール》はインナーウェア市場へも活躍の場を広げ、ユニフォームや婦人アウターなど、新用途に向けて始動しています。新しい挑戦は続きます。

(三菱レイヨン社内報「菱風」より編集)

 

営業からの声

 夏は涼しく、冬は暖かい。この服を着ると暑さ寒さを調節してくれる。そんな服は私たちの夢の1つですが、その夢を一歩形に近づけたのが動く繊維《ベントクール》です。
国内においては、2004年春夏物からスポーツウエアーではミズノ株式会社が「ダイナミックエアリー」や「アイスタッチ・ムーブ」という素材ブランドで展開中であり、ゴルフ、アスレチック、テニス、卓球ウエアーと順次用途を拡大してきています。
インナーウエアーでは、株式会社ワコール/ウィングがレディース用で、グンゼ株式会社がメンズ用で採用され、現在、春夏素材では欠かせない存在となっています。 また、海外においては2007年春夏物より大手アパレルの採用も決まり順調に拡大してきています。
私たちは、次世代の大型素材としての成長を期待するため、今後も市場を開拓しながらじっくり育てていきたいと考えています。

 


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